what he thinks

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 このブログは、私のウェブサイト Instructor Fujiwara's Office Online におけるコーナー、 what he thinks (講師の徒然日誌) を継承し、ブログに移行することでより発展させることを目的にしています。

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徒然なるままに
| カテゴリ : 講師の徒然日誌 |
このページでは、私が思ったことなど、徒然なるままに書き綴っていこうと思います。
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テーマパークを創ろう
| カテゴリ : 教える、という行為 |
最初に、質問である。
「遊園地」という言葉を聞いて、どのようなイメージが湧くだろうか。

ある人の脳裏では、おそらくこんなイメージではないだろうか。巨大な敷地にたくさんのアトラクション、園内はたくさんの観光客で溢れ、着ぐるみのキャラクター、たとえば耳の大きなネズミなどが愛嬌を振りまき、ピエロが子供たちに風船を分け与えてくれる。スリルのある乗り物に、ゆったりしたおとぎの国のような雰囲気、そして買い物にも事欠かない。至れり尽くせりの、そんな遊園地。
またある人の脳裏には、こんな遊園地が思い浮かばれているかもしれない。どこにでもある、近所の公園の遊園地。ジャングルジムやブランコ、滑り台、子供たちの元気な声が響き渡り、ベンチではお年寄りがゆったりと腰掛け、犬の散歩をさせている人が通り過ぎる。そんな、どこにでも溢れた遊園地。

NHKの「英語でしゃべらナイト」でも紹介されていたが、韓国では英語村という語学教育のテーマパークが人気だという。韓国では国を挙げて英語教育に取り組んでいて、楽しみながら英語を学べるという英語村の建設ラッシュらしい。敷地内ではどの施設でも来訪者は英語で話すことが求められ、基本的に母国語は話してはならない。それでもたくさんの、主に子供たちが訪れているという。
この英語村、日本では近畿大学が早速取り組んでいる。少子化による大学淘汰の時代、いろんな取り組みがあるが、生き残り戦略のひとつと捉えていいだろう。

その英語村を創ってみたいと考えた。ただし、私が考えるのは、資本を投じた豪華なものではない。
たとえば、地方の公立大学法人が、独自の英語村プロジェクトを立ち上げたらどうなるだろう。
古くからある国立大学法人なら、街なかなど、立地条件には恵まれているかもしれない。後発の大学になると、大学の施設は新しいものの、郊外に位置して交通の便は多少良くないかもしれない。その場合、英語村の需要と学生の交通の足を兼ねて、シャトルバスを走らせるのもいいだろう。環境に配慮したバスなら、なお良い。
新しい施設をいくつも造って資本投下する必要はない。大半は、その大学の既存の施設とキャンパスの敷地を転用すればいい。そのほうがかえって、その大学に籍を置く学生も利用しやすい。学外の来訪者のために宿泊施設が必要なら、それは豪華なリゾートホテルである必要はない。ユースホステルや、林間学校に見られるような宿でいいと思う。個別の宿泊部屋である必要はないと思う。夜も、来訪者どうしが、たどたどしくてもいいから英語でおしゃべりを楽しんで過ごせばいい。質素でいいから、ログハウスとか、その地域の特色を生かした、ハンドメイドの暖かみのある宿泊施設なら、なおいい。
運営に当たっては、地域と連携すれば、多少なりとも地元への還元になるだろう。たとえば、食事の提供は、地産地消の精神で、地元で取れた農産物、畜産物、海産物を用いる。地元の農家や畜産家、漁業者の思いがこもった、暖かい食卓が思い浮かぶ。
そして、人材の確保である。
昔、地図調査のアルバイトをしていた時に、ある地域を訪ねたことがある。人口の少ない山間の町で、村といったほうがイメージ的には合っているところで、公営のアパートを訪ねた時、ちょうど新しい住人がまさに入居する場面に遭遇した。住人は海外、多分に英語圏の国から来た女性だった。慣れない日本語での付き添いの現地の人との会話から、いわゆる中学や高校のオーラルコミュニケーションクラスの先生であるのがわかった。場所柄、女性一人の、お世辞にも都会的とは言えないところでの慣れない暮らしに、戸惑いと不安の色が顔に表れていたのが印象に残っている。
海外からの人材確保は、インターネット時代の今は比較的容易かもしれない。ただ、日本側のスタッフ、つまりはその大学の教職員が、ハウジングを初めとするコーディネートには責任を持ってあたる必要があると思う。その住居の課題だが、大学に専用の寮があれば、積極的に利用してもらうのも手のひとつだろう。また、待遇面だけではなく、たとえば日本語教育プログラムなどが大学にあれば、また新たに設ければ、帰国後に日本語教師の資格を生かした仕事ができるだろう。
私自身のアメリカでの語学養成コースの体験を思い出す。大学付属のESLプログラムのメイン施設はキャンパス内に設けられた、夏には木陰が涼しい小さな庭を取り囲むように建てられたプレハブだった。授業はそのプレハブ内の教室と、夏期など生徒が多い時には大学の普通の教室でも授業がおこなわれた。メイン施設のプレハブの中にはLL教室もあったが、もし大学がCALL教室を導入していて、なおかつ在学生の利用率が芳しくなければ、もちろん英語村の来訪者に開放するのがいいだろう。
夢は膨らむばかりだ。番組で紹介されていた韓国の英語村のように、アミューズメントに関するハード面に力を入れるのもひとつのかたちではあるが、そう多額ではない投資であっても、工夫次第で独自の魅力に溢れる大学併設の英語村は実現可能ではないだろうか。
ネット社会の今、大学の名前を覚えてもらうための宣伝よりも、口コミによる評判の広がりのほうが、実質的効果があると私は考えている。大学の学生と、そして学外から訪れる老若男女のビジターが、ともに英語で授業を受けたり、英語で楽しくゲームを体験したりする、そんな地域に根ざした理想的環境も知恵と工夫次第で実現可能であるはずだ。
多額の投資をかけたとしても、結局大切なのは人材の活用であり、工夫であると、私は考える。地域に根ざした英語のテーマパーク、夢は広がる。
| カテゴリ : 教える、という行為 | trackbacks(0) |
教員のモラル? あるいは、ネット社会の危険性について
| カテゴリ : 大学はどこへ行く |
このカテゴリの記事をお読みになる際には、先行する以下の記事に目を通していただくと幸いです。

「高学歴ワーキングプア」をめぐって
「高学歴ワーキングプア」をめぐって 追記

今回の記事の意図は、偶然に見てしまったあるブログについて、批判的な指摘をすることである。
どんなブログがよく読まれているのか調べてみようと思い、ついでに自分のブログも登録しようと思って、人気ブログランキングを訪ねてみたところ、たまたま偶然に目にしてしまったブログがある。
「兄者」というハンドルを名乗る匿名の著者によるブログ、兄じゃあああぁぁぁあああブログ 〜大学教員の非日常〜 、である。
このブログが私の目に飛び込んできた理由は至極簡単である。カテゴリごとのランキングが表示された時、上記のブログが上位にランキングされていたからである。たとえば、今日2008年10月20日の時点で、「学問・科学ブログランキング」カテゴリの1869件中、第11位、サブカテゴリの「全般」に至っては第2位という高順位にある。
タイトルからして、現役の大学教員によるブログなのは明らかだったので、私の興味を引いた。ざっと読んでみて、なるほど、これならよく読まれていると思った。
フロントページからして遊び心が感じられて、いい。これは指摘対象に対する皮肉ではなく、率直な感想である。話題が必ずしも大学や教育、学問のことに限定されていない。むしろ、記事にアスキーアートを取り込んだりなど、一見すると「へえ、大学の先生がこんな垢抜けたブログを書いているんだ」と意外に感じるかもしれない。もっとも、最近は研究者であってもウェブを使いこなして当たり前だし、また世代からしても、積極的にパソコンやネットの世界に入り込む人は、堅苦しいことは抜きにして、むしろ遊び心があったほうがいい。著者の「兄者」氏はこのブログで「大学教員」であると明かしているが、以前の記事で触れたgluhkriekさんのように「大学教授」とは語っていないことから、ブログ内容を見てもひょっとすると若い世代の教員かも知れないし、学歴難民の私よりも年若いかもしれない。
率直に言って、面白い。これから批判的な指摘の矛先を向けるブログについて、これも決して皮肉を言っているのではない。大学教員のブログは珍しくないが、大学教員だって普通の人間、らしくない、はっちゃけたブログがあってもいいではないか、と思う(最近はおよそ「大学の先生らしからぬ」内容で話題になっておられる先生もいらっしゃるようだ)。たとえ本職が大学の教員であっても、自由に面白おかしくブログを運営してもいいとは思う。以前触れた、私が少しばかり危惧した匿名の「馬並主宰」さんの記事を思い起こした。とにかく「兄者」氏のブログは内容が天こ盛りで、読み込みに多少時間がかかるほど盛りだくさんである。掲示板の2ちゃんねるから引っ張ってきたかのようなアスキーアートも笑いを誘うものだし、またどこから引用してきたか、出所不明な画像も散見されてリラックスした雰囲気が伝わってくる。これも皮肉ではない、画像の無断転載があるとすれば、あくまで「兄者」氏自身が関わる問題である。ランキングにも表示されている「兄者」氏自身の紹介文によると、「大学教員の私がネタを書き綴るブログ べ、別にエロくないですよ」とのことである。
私が問題を意識した発端は、以下のタイトルの記事である。

一歩進みました!!みなさん、応援よろしくお願いします><

私なりに要約すると、「兄者」氏はある研究室に所属していて、そこにおいて職務上の先輩に当たる教授が、これまた典型的な浮世離れの教授であり、おそらくはその教授の日常の言動が原因で、何人もの学生さんたちが「鬱病」に罹ってしまっているそうである。そして、そんな環境の中で起こった最悪の出来事のひとつとして、ある学生さんが失踪してしまった、とのことである。
大変に心配で、また失踪するに至るまで追い込まれた学生さんはとにかくお気の毒である。「兄者」氏も、教育者として気苦労されておられるようである。
気になったのは、この失踪事件について、過去の記事にあるいくつかの記述である。たとえば、最初にこの学生さんの失踪について触れた記事。タイトルは、

怒り 悲しみ 憤り むなしさ やるせなさ そして祈るような気持ち

悲愴感に満ちたタイトルである。だが、まず以下の記述が私の目を引いた。

この話は、その男子学生の両親から、同期の学生に連絡が来たことで発覚しました。
今この話は、同期の学生と私しか知らない状態です。


同じ記事から、一方では、以下のような記述が気になった。

同期の学生から私が報告を受けて、
2人で「どうしようか」と落ち込んでいたとき、

遠くで「ガッハッハ」という教授のバカ笑いが・・・


ちなみに、この事件についての、先に挙げた最新の記事によれば、失踪した学生さんは半年を経て依然行方不明であるという。
誤解を恐れずに言えば、「兄者」氏の一連の記事にはふたつ、問題があると私は思う。
ひとつは、秘匿性の問題である。事件の最初の記事では先述のとおり「この話は、同期の学生と私しか知らない状態です」と書きながら、そう自分のブログに書き込んでしまった時点で、「ある大学の研究室に籍を置く学生が失踪してしまった」事実を公にしてしまっている。
もうひとつは、言葉で説明するのは難しいが、恐れずに敢えて言えば、この痛々しい事件が、ある意味では祭りごとのようになっていないか、という危惧である。
こう書いた時点で、当の「兄者」氏からは反論があるかもしれない。しかし、以下に引用する記事の一連の流れについて、「兄者」氏自身はどう説明するつもりなのだろうか。

専門家と相談してきました。

上記タイトルの記事では、件の学生さんの失踪について、このように語られている。

学生の失踪事件については、まだ進展はありません。

無事を祈る、たくさんの人の気持ちが彼に届きますように。


既にこの事件を巡って、匿名という名の仮面を各々が覆った、一種の劇場になってしまっていると、言えなくもないではないか。
この記事では次のような記述もある。

昨日聞いた話ですが、教授が今の大学に赴任する際、
前の職場(大学)では皆に
「君のやり方では、学生を壊してしまう。そのことを肝に銘ずるように」
と言われたんだとか。
前の職場では助手だったのですが、その頃からこの人物の人間性、指導法には問題ありと皆が思っていたわけです。

何でこんな人間を教授にしてしまったんだ!!
採用した大学のお偉いさんにも責任があると思います。


ってか、そんな忠告を受けたことを自ら周りに話す教授。
自分では笑い話ぐらいに思ってるんだろうなあ・・・


上記引用のうち、中段部については、上段部が真実だとすれば、私も同意する。
しかし、匿名の名のもとに、このような実社会での陰の話を公にするのはいかがなものだろうか。

私と学生の戦いは大きな壁にぶち当たりました。まさかなあ、ボスキャラの前に雑魚キャラが出てくるとはなあ・・・

長い上に、読み間違えてしまえば「私」対「学生」の戦いとも取られかねないタイトルの途中経過の記事によれば、

特に、実名を明かすかどうか、名前が教授に伝わるかどうかが大きな問題です。(引用者注:ここまで太字)
教授に名前が伝わる場合、二次被害が問題となります。というのも、教授はクビにはなりませんから。訴えたことにより、卒業させないといった報復行動に出ることは容易に想像できます。


とのことである。果たしてここに、「兄者」氏の秘匿性に関する危機意識はあるのだろうか。ここでは、個々の大学の人間のモラルについて語らない。教授に名前が伝わるか、という以前に、「兄者」氏のブログの存在を当の教授に知られた場合、果たして「兄者」氏はどうなってしまうのだろうと本気で心配してしまう。まさか、こうしてブログで事件の経過を語ることで、「鬱病」になって失踪してしまった学生さんが記事を見て無事に帰ってきてくれるとでもお考えなのだろうか。
以前の記事で、こちらからトラックバックを送ったら、それを取り消して受信拒否設定したgluhkriekさんのように、「教授のホンネ・ホンネの教授」と題しながらも細々と囁くようなブログならまだしも、これだけ情報が揃っている「兄者」氏のブログだと、第三者から個人情報を特定されたりしないかと、読んでいるほうが本気で冷や冷やしてしまう。少なくとも、プロフィールにはご専門が「バイオ」だと書かれている。最近の記事で、たとえば10月11日の記事では「京都に来てるよー!!!そしてモーホーブログ再び??」と題して、「3連休を利用して、京都旅行!!」と書かれている。
いかなる情報からも、個人が特定されてしまうかもしれない、という危機意識が、匿名の「兄者」氏にはおありなのだろうか。私のように、初めから自分がどこの何者であるかを明かしているならともかく、あるいは逆に、「馬並主宰」さんのように、個人を特定するような情報は最小限に留めた上で自由奔放にご自分の語りたいことを存分に披露するならともかく、「兄者」氏には「公」と「プライバシー」の境界がどこら辺りにあるのか疑問である。
ふたつめの問題である、「劇場性」についても考慮が必要ではないだろうか。たとえば、一連の事件の最新記事では御自ら「倫理観の鬼である私」と称しながら、この記事の前後の記事は、それぞれ以下のようなタイトルのものになっている。

奥さーん!お待ちかねのエロネタ!!あー神様。どうして学生たちは私の前でシモネタを話すのでしょう・・・

奥さーん!!今日もエロネタ!!AAの世界を現実でやって見せた凄腕エロ校長にクソ笑った!!!


ここでは、いちいち上記の記事を引用はしない。また、大学教員によるセクハラの問題について触れない。あるいは、これも「兄者」氏のブログで散々見受けられる、職場の先輩に当たる教授のモラルハザードについて論じるものでもない。それよりも、おそらくは、書いたからにはより多くの方々に読んでいただきたいからであろう、タグを貼り、毎日更新を欠かさず、結果ブログランキングの上位に位置しているブログの著者として、今のような運営をどうお考えなのか、機会が許されれば問いかけてみたい。断っておくが、人気のあるブログに対する嫉妬ではない。プライベートの情報を、世界中の人間が閲覧できる環境下にあって、何をどこまで公開し、何を公開しないと選択するか、実際にネット社会の無責任性による被害に遭った者からの提起として、考えていただくことはできないだろうか、という指摘である。

さて、ブログの当然の約束事として、「兄者」氏にトラックバックを送信する。何らかの反応があるか、あるいは「教授のホンネ・ホンネの教授」gluhkriekさんのように黙殺して、トラックバックを承認せず、さらには受信拒否にするか、それは私の知るところではない。ただし、「インターネットは世界中から誰もがアクセスするものである」というのが、私の認識である。
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「高学歴ワーキングプア」をめぐって 追記
| カテゴリ : 大学はどこへ行く |
先日の記事について反応があった。このところ、長文を書くのが億劫で「英語ピックアップ」のカテゴリばかり書いていたが、折しも聞いているラジオ講座「英会話上級」でまさに今の日本の大学が抱える問題について取り挙げていて、やはり考えさせられてしまった(一方、ついでに聞いている「ビジネス英会話」でも、大学の授業料高騰問題を取り挙げている)。

まず、前回引用させていただいた向井淳さんから、前回の記事について「大学の講師をもっと増やすべきだという主張をしているように読めるけど、これまたナンセンスではないだろうか」とのご指摘があったので、当該箇所を引用させていただく。

日本はどんどん少子化の傾向が進んでいる。学生はどんどん減る傾向にある。大学経営の詳細はよく知らないけれど、大学そのものが潰れたり統廃合したりするのがこの後の展開として想像されるわけで、講師の口なんてのはむしろ減る方向にあるだろうというのが健全な予想じゃないだろうか。そうでないにせよ、単に「博士が余ってるから」という理由で講師を増やせなんて主張は、ぼくにはとても正当には思えない。そうすることによる大学のメリット、それだけの雇用を増やすことの正当性はどこにあるのだろう? 相手にとってメリットのない発言は単なる駄々じゃないのか。


単に「博士が余ってるから」という理由で講師を増やせ、という主張はしていなかったように思うのだが、確かに向井さんの予想には頷けるものがある。
私自身、日本の大学の将来については、かねてから次のように予想している。おそらく、平成のあの大学新設ラッシュによって一番増えた頃と比較して、将来的に日本の大学の数は半減するだろう。私が実感しているのは、非常勤で教えるクラスの生徒数が減ったことである(ついでに言えば、例の新学習指導要領とやらのもとで、ある意味犠牲になってきた世代が大学に入ってきて、明らかに基礎力が足りないのも感じている)。
「大学の定員数<入学志願者」だった受験戦争の時代には、私学でさえ、懐に入ってくる受験料や(入学辞退したとしても返還されることのなかった)初年度授業料で潤っていて、「殿様商売」でいられた。バブル期には卒業予定者も順当に内定が決まっていくので、大学としても就職の面倒見も楽だった。
全入時代を迎えた今、私学が躍起になっているのは、まず助成金のために文部科学省のご機嫌を伺うこと、そして、いかに大学の「名前」を売り込むかということである。イメージ広告の類を目にするたびに、「学生集めに苦労してる大学なんだな」と受験生から逆のイメージで取られないかと個人的には思うのだが。
企業の側も学歴で採用志願者を見るような時代はもう終わっていると思う。ちょうど、聞いているラジオ番組の例文にも出てきたのだが、「最近の世論調査では、学生とその両親は従来の大学順位付けよりも、設備、教員、開講科目の種類で大学を選択する傾向があることがわかった」(「英会話上級 2008年2月号」p49)。
水月さんの本書以前に、既に新書の類で日本の大学危機、大学がこれから直面するサバイバルについて取り挙げている本は複数あるので、ここでは一冊一冊を検証しない。確実にわかっていることは、少なくなっていくパイをめぐって、大学間の競争が激しくなり、淘汰が始まるということだ。前回引用させていただいた、めでたく正規採用が決まった「馬並主宰」さんが心配している通りに。
大学が経営戦略に真っ向から取り組まなければならない時代にあって、果たして闇雲な経費削減だけが有効策なのだろうか。もっと長期的なビジョンとして考えるなら、カリキュラムの充実という魅力で学生を引きつけるという策もある、というのが私の意見である。そしてその場合に、水月さんも指摘するとおり、開講科目の7割以上を外部の非常勤講師が担当するような状況はまずい。これは顧客である学生の側にとっても、サービス提供者である教員、それも専任、非常勤双方の側にとっても、およそ理想的な環境とは言い難い。
私が学生だった時分に感じたカリキュラムの整合性のなさについては、以前、ブログ移行前の「徒然日誌」のなかで書いた。付け加えれば、教員側は明らかに学生とのあいだに壁を作り、明らかに学生を避けていた。ある科目について質問があったので、担当教員の研究室を訪れたら、自分のプライバシー領域を侵犯されたとばかりに露骨に嫌な顔をされた。研究棟はどこのフロアも静まり返り、そのいかにも象牙の塔気取りの雰囲気は不気味ですらあった。そんな時代に私は学生だった。専任教員がこの様であるのに、まして非常勤教員はふだんはどこにいるのかすら、ほとんどの学生にとって謎だった。
大学の在り方として、およそ相応しい環境だとは思えない。
この議論に関しての私の主張は、余剰博士のためにアカポスを増やせ、ではない。大学は研究機関である以前に、教育機関である。分野によって、必要ならば、大学院修了者ではない、実社会における専門家を引っ張ってきてもいい。職に就けない学歴難民の分だけ仕事の口を増やせ、という視点ではなく、前回も書いたように、専任教員一人当たりの学生数がより少なくなるように、という視点である。いずれ「ノラ」となる博士を「余剰生産」する予算があるなら、もっと教育環境の整備に投資するべきではないだろうか。それができず、大学名を知ってもらうための広告に予算を費やし、肝心のカリキュラムの大半を安上がりのアウトソーシングで済まそうとする大学は、淘汰されてもいいと思う。

そういった高等教育の在り方についても、文部科学省には考えてほしいところだが。小泉元総理の「米百俵」が話題になっていた頃も、いずれ行き場がなくなる大学院生が増え続けていたのだから、呆れてしまう。
だが、それこそ向井さんが指摘する「『これはこのまま続けて卒業しても仕事はないだろうな』っていうミクロな視点」は、さすがにこれから学部を卒業する人たちも持ち始めているようである。大学の世界に長年いらっしゃると見受けられるDoktor Tempusさんは、本書について「高学歴ワーキングプア 『フリーター生産工場』としての大学院 (光文社新書)という書籍が出ていますが、何を今さらという感じです」として、以下のように指摘している。

ここのところ、いずこの大学院も受験者が激減しており、何度も入試を行って、しかも受験生集めに教員が走り回っているというお粗末な状態のようです。秋風が吹いているというより木枯らしが吹きすさび、まもなく閉鎖されそうです。


さすがに、先輩たちの悲惨な状況は味わいたくないだろう。前回も引用させていただいた天羽優子さんが、昨年の朝日の記事を取り挙げている。元記事がリンク切れなので、孫引きさせていただく。

国立大学の博士課程の入学定員が今年度、初めて減った。政府は「科学技術創造立国」を掲げて博士の数を増やしてきたが、就職難から学生の「博士離れ」が始まり、一部の大学が定員の削減に踏み切ったためだ。関係者からは「現状を放置すれば優秀な人材が集まらなくなり、日本の国際競争力が低下しかねない」と心配する声も出ている。


これについて、天羽さんの反論が続く。

国際競争力のために個人に向かって「犠牲になれ」と国が言う(あるいはそういう制度を作る)のは間違っている。


私も、今の歪んだ大学院重点化のもとでは、後輩たちに言いたい。「大学院に行くなら、相当の覚悟が必要だ」と。

次に、では今、現に就職できずにいる人たちをどうするか、について考えてみたい。向井さんも、本書に欠けている議論として問題提起しているように。

つまり(今、ここで迷っている博士たちに焦点を絞れば)問題になっているのは「社会的にはまったくニーズのない専門知識について何年も研究をつづけて若い時期を過ごしてしまった人たち」をどう社会に還元するか、っていう問題だと思うのです(ついでに言えばそれは博士だけに限った問題ではない)。


これについては、水月さんも議論が曖昧だという印象を私も持っている。現状の告発までは良かったが、結論として「利他の精神」とか説かれても、というのが正直な感想である。この点を持って、おそらく本書に対する否定的な反応が出てくるのだろう。向井さんも最初の記事で「『自分は将来は博士課程を出て大学教授を目指すんだ』と夢見ている人に冷や水を浴びせるという点では良書だが、それ以外には効能はあまりないように思う」と斬っているように。
「今、ここで迷っている博士たち」については、分野によっても違いが出てくるだろう。理工系なら、大学院は修士までで、あとは企業に就職という選択肢が考えられるのだろう。法科大学院、いわゆる日本版ロースクールについては、そちらの分野も泥沼化していると聞く。他の人文系についてはどうか。やはり前回の記事でも引用させていただいたぶおーのさんの、次のような指摘がある。

まず不思議なのは、団塊世代の退職で不足する小中学校(高校も?)教員に活用することを、こうした事態を生んだ責任者である文科省が考えないことです。それどころか、文科省は、最近、教員養成のための専門大学院を別途作ってしまいました。筆者のロジックを借りれば、既得権を守るために、大学と文科省がまた新たな謀をしていると読めます。


筆者が書いているように、こうした新設大学院には多額の補助金が支払われています。政府は公共事業の圧縮には熱心なのに、なぜこうした無駄な支出は放置するのでしょうか。


こんな現状では、もはや当事者ひとりひとりがこれからどうするかを自分で考えていくしかないのだろう。
私自身のケースについては、いずれ別の記事でと前回締め括ったが、個人的にデリケートな部分もあり、公に話すには限定的になってしまう。前回の記事についてトラックバックを送ってきてくださったすずめ鳩さんが、こう述べている。

で、問題はなぜか、大学の先生たちは大学にポストがないということを教えたがらない傾向にあるということにあるんじゃないかと思う。


前回の記事で書いた、既得権を得た「上の世代」についても、それは当てはまることである。先程のDoktor Tempusさんは次のように証言している。

大学院まで進んで博士号を取得しても職がない、これは管理人が学生時代からのことで珍しくはありません。OD(オーバードクター)は、当時からあふれていましたから。
それでも優秀な方は、ちゃんと教授になりましたので、優秀であれば問題ない、というのが当時の共通の理解でした(職がないのは、それに見合う実力がない)。


より具体的には、前回も引用させていただいたが、天羽さんの記事を再度見てみたい。

なお、大学教員のうち、大学院重点化前に博士号を取得して就職した人の意見は、博士進学の是非に関することについては考慮するべきではない。その人達が進学した頃と今とでは状況が様変わりしている。昔なら、コネや力のある研究室に入れば、何とか就職先を世話してもらえたかもしれないが、今は人員削減で、人を紹介できる先もほとんどなくなっている。昔は博士課程進学の段階で選別がかかっていたから、ほとんどの人が数年のポスドクの後で常勤のポストを得ることができた(一部の分野でオーバードクターが問題になっていた、それにも関わらず重点化をやった人の正気を疑う)


私自身が大学院進学を考えていた頃は、私がいる分野についても、かつて筒井康隆さんが『文学部唯野教授』で、それこそいびつなまでに描いていたように、アカデミックポストに就くためには徹底した徒弟制度のなかに入り込むしか道はなかった(今も状況はほとんど変わらないが)。そこに公募という発想はなかった。そんな閉塞的な世界だから、選別されるかされないかは、当事者の研究能力より、指導する側の個人的な感情によって左右されるのも珍しくなかった。実際、能力を正当に評価されず、去っていくしか道がなかった人たちを私は見てきている。そういう歪んだ伝統が、日本では長らく続いていたのである。学生だった故・江藤淳に対する、指導教授としての故・西脇順三郎の態度など、個人的な感情以外のなにものでもないだろう。そんな学閥の体質が今も続いているとすれば、やはり問題になるだろうが、実のところアカハラや学内セクハラ、パワハラを巡るトラブルについてのニュースが絶えないのはなぜだろうか。
それでも「上の世代」なら、耐えれば道は拓けたようである。人文系ならたとえ博士課程満期退学でも、場合によっては修士修了でも、今では教授に、そして円満に名誉教授になれた。それが今では、コネを働かせる気がないのなら公募で、折しも文部科学省からお達しが出ているので、という雰囲気に変わっただけである。
公募について前回、gluhkriekさんの記事を引用したのでトラックバックを送ったところ、トラックバックが取り消され、受信拒否設定にされてしまった。ざっと見たところ、トラックバックもコメントもこれまで一度も記録が見当たらない。トラックバックされると差し障りがあるのならば、最初からトラックバックは受け付けない設定にしておけばいいのに、と思ってしまった。
私自身が経験している公募の実状については、語るとしても別の機会に譲りたい。向井さんの「そしてその『着地点』というやつにアカデミックポストしかないのが問題なんじゃないでしょうか」という問いかけに対して、今の私では答えにならないとは思う。向井さんが「ちょっと個人的なことを書きたい」と前置きして、ご自身の経験を語っている。

ぼくは研究分野がいちおう情報系で現職はソフトウェアエンジニアだから、まさしく専門性を生かした職に見えるかもしれないけれど、それはちょっと誤解だ。ぼくが学生時代にやっていたのは知能ロボットとかヒューマン・ロボット・コミュニケーションとかいった、悪く言えばうわついた研究だった。そういう研究と今の職業は同じコンピュータを使うといっても物凄く遠い。精神病の研究で博士号を取った人がいきなり外科医で開業するのと同じくらい違うと思う (医学を知っているわけじゃないが)。


今の私の専門は一応、アメリカ文学ということになっている。世間から見て英文科という分野がどう見られてるかわからないが、ざっと分けて伝統的なイギリス文学と、アメリカ文学(もしくは周辺的な英語圏文学)とに区別することができる。奇しくも両方を見てきた私の感想を言わせてもらうと、イギリス文学だけが専門の学者曰く「私が教えているのはイギリス文学であって、アメリカは専門外」であり、特に伝統的文学であるからこそ、「20世紀の作品はまだまだ評価が定まっているとは言えない、まだ生きている作家を扱うなどもってのほか」となる。そんな封建的な考えに反発して、ブッカー賞作家を取り挙げたり、ポストコロニアルに進出したりする学者もいるようだ。一方、アメリカ文学だけが専門の学者に言わせると、「今時シェイクスピアやロマン派なんてもう研究対象にはならないでしょう」となり、人によってカルチュラルスタディーズだったりマイノリティ文学だったりになる。外部から見てどういう違いなのかわかりづらいかも知れないが、以前、工学部の学生さんたちには違いのニュアンスをこう説明したことがある。「今は同じクラスで授業を受けてるといっても、土木工学科の人と建築学科の人が同じ専門だとは言わないでしょう」。
個人的なことを言えば、本来興味があるのは文学理論であり、構造主義からポスト構造主義への流れを再検討しながら、自分としては文化唯物論的アプローチで研究し、将来的には意識のハードプロブレムに文学研究からの参入をしてみたいという夢を持っている。だからといって、では文学に興味があるんだから国文科というわけにはいかないし、ポスト構造主義だけのためにフランス文学に進んだり、ロシアフォルマニズムだけのためにロシア文学をというわけにもいかない。現実的に考えて、現代において最も優勢な国際語の文学を選んだ。
さらに自分は、「文学を極めんがために文学を教える」などというつもりは最初からない。専門の文学を教えたくて、公募で大学を変えたという尊敬できる先生は知っているが、英文科上がりの研究者が大学で教える科目があるとすれば、それは一般的に言って語学としての英語であるのも最初からわかっていた。英文科ではおなじみの自虐ネタだが、英文科の学生だからといって英語が話せるわけではない。文学テクストの原典を精読して、それで専門的な英文は読めるようにはなっても、それと英会話とは何の関係もない。そこで語学力は自分で身につけることにしている。
そして、自分が英語を多少なりとも話せたとしても、それと人に教えるのとではまた話が違ってくる。
非常勤職について、確かに悲観的な声は多く聞かれる。ぶおーのさんはこう語っている。

この本で改めて実感したのは、非常勤講師が空前の買い手市場であること、ですね。オーバーな言い方をすれば、大学法人にとって非常勤講師は人間じゃない。


私はむしろ、自分のティーチングティップスを磨く機会だと捉えてきた。学部で、型通りの英語科教育法なる科目は受けたことがある。しかしそれでは足りない。あえて不遜な言い方をすれば、自分が担当してきた学生さんたちには、自分の教育力を磨くための実験台になってもらった。そして、大学で教えるということが、工夫次第では魅力的になるかもしれないと、希望を持ち続けている。
すずめ鳩さんは悲観的にこう語っている。

そもそも、今、大学を職場として見た場合、かなり魅力がない。奇怪な事務書類の作成に追われていたり、明らかに卒業できそうにない学生を無理矢理卒業させたり、全員が眠っている教室で一人寂しく講義の独り言を呟いていたり。そんな環境で研究などまともにできるはずがなく、私は研究ができている研究室を見たことがない。


私は、もし機会が与えられるのであれば、魅力がないとしたら、その現場に入って魅力あるものに変えていきたい。

残念なことに、教育における技能というのは、公募ではほとんど評価されないらしい。
まず学閥のコネクションがあるならそれが優先されるが、それがない場合に、私が実例として聞いた話では、応募してきた人の経歴を見て、既にいる専任教員と比較し、年功序列的に考えて、もっと明白な言い方をするならば、教員間同士の経歴のバランスを考えて選考するのだという。
結局は、運不運の問題になってしまうのかもしれない。

長文になってしまったついでに、FDと称して最近の大学が始めている、学生による授業評価について。確かに、やらないよりはマシだと思う。実際、私は大学側が授業評価を始める前から、学生さんたちに対して毎年アンケートを取っていた。ただ、実のところ大学による授業評価では、アンケートを回収して、データをそのまま冊子にして配る、それ以上のことはほとんど何もされていない。前回の記事では「既得権を得た人々」について、いずれ定年で順番に去っていくだろうと書いたが、学生から見てあまりに酷い教員は辞めるべきだと思う。しかし、今のところは授業評価も、「授業の改善のための参考にしてください」としかなっていない。これは非常勤職も同じで、たとえば学生からの評価が相対的に高いとか、逆に低いとか、そういうことは次の年度の契約更改とは関係ないようである。
最後に皮肉で締め括ろう。少子化で、しかも既に学歴難民という社会問題が起きているにも関わらず、それでも大学院の新設を文部科学省が次々と認可し続けるのならば、いっそのこと「大学教員を養成するための大学院」も作ってみてはどうだろう。
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「高学歴ワーキングプア」をめぐって
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この本が出版されてから数ヶ月になるが、大学関係者だけでなく広く読まれているそうである。大学院を出ても正規雇用の職にありつけない現状を告発した本書には一読の価値があると思う...教員、学生などの立場に関係なく今現在大学に籍を置く人はもちろん、研究者や大学教員になるのを志して大学院進学を考えている人にも。
著者の水月昭道さんのプロフィールについては本書をご覧いただくとして、付け加えるとすれば、研究者としては下記の著書がある。


このように、研究者としての実績も持ちながら、いまだ正規雇用に与っていないという立場の著者だからこそ、説得力のある「告発」となっている。
もちろん、この種の「告発」は本書に始まったわけではない。たとえば、2003年には古谷浩さんが、著書『大学教授は虚業家か―学園のいびつな素顔』で、大学の閉塞的状況に「警鐘」を鳴らしている。とりわけ、「多いコネ採用」と題された節にある、

 文部科学省は、そのような採用のあり方を戒める意味から文書により公募での教員採用を奨めてはいるが、それを遵守している大学は、殊に私学においては極めて少ない。取材するかぎりにおいては、新聞広告を出したり、ネットのHPに募集広告を載せたり、他大学へ「教官公募」の文書を送付したりする大学は、確かにかなりある。
 だが、それらは、形式だけのことも多く、私学の場合、通例、採用予定者が予め決まっている場合が多いのだ。大学及び教授会の「自治」が、こうしたところで悪用されているといっても過言ではない。(p186-87)

という文章には身につまされるものがあった。
「学歴難民」と呼ばれうる立場にある私に、孤独のなかで悩んでいるのは自分ひとりではなく、実際に「社会問題として」同じ境遇に遭って苦しんでいる仲間たちがたくさんいることを示してくれたのが、水月さんの『高学歴ワーキングプア 「フリーター生産工場」としての大学院』である。
私自身の読後の感想から言えば、いくつかのブログでも指摘されているように、特に第5章以降は著者の論議の飛躍が見受けられなくもない。このような問題について、特定の著作物を指して批評する場合は本名による署名が望ましいのだが、インターネットの性質上、匿名での投稿も多い。
いくつか匿名での書評の例を挙げてみる。
コンピュータ関連と思しき hokky (cafe noir) さんは、「業績を出していない大学教員がいつまでも大学に居座っているから自分たちのポストがないという感じで、現在の大学教員に対する恨み節のような内容になっています」と斬っている。
同様に、cafebabe さんという匿名のかたは、「この本で注意すべき点は,一つは文系大学院の話で,理系大学院の話ではないので,理系の読者にとっては若干状況が違うということ.もう一つは,(それゆえに?)ネガティブな視点からしか描かれていないこと.」と評し、さらには「実際の公募では研究力,教育力,政治力も必要だが,実はなにより本人の性格が重要なことが多いと聞く.というのは,トラブルメーカーを一旦入れてしまった時に簡単に辞めさせるメカニズムが大学にはないからである.この著者はこんな本を書いてしまって,無事次の職が得られたのだろうか?」とまで心配している。
対して、教育系に携わっているというぶおーのさんは、

 この本は、筆者本人が、博士号を取得しながら、非常勤講師という不安定な身分にいること、さらに複数の、かつ様々な事情に振り回される「高学歴ワーキングプア」へのインタビューを交え、説得力の高い内容になっています。それだけでなく、研究の質で勝負すべき大学教員が、年功序列に支配されていること、大学法人がいかに学生を「食い物」にしているかということ−−などが生々しく書かれています。

と、水月さんの著書を評価している。
いずれにせよ、この種の「告発」が新書という手頃な体裁で出版されること自体に意味があり、しかも広く読まれているということで、私はいわゆる学歴難民問題に対する世論が活発になるのを期待している。
また、私は本書を読んで、面白いことに気づいた。私が個人的に用いていた「既得権」という概念を、偶然にも水月さんが本書におけるキーワードのひとつとして用いていることである。少子化の流れに逆行するとしか思えない大学院生の定員増について、著者は「文部科学省と東京大学法学部による『既得権維持』のための秘策」によるものだと説く。私は必ずしもそれが原因のすべてだとは思わないが、しかし大学院重点化政策が質より量を取ってしまっている現状は嘆いている。実際、既に大学院の定員割れも始まっており、これは若い人たちが情報を得て考えた結果の選択によるものだと私は思う。
次に、「既得権に与る立場の人たち」、現役の大学専任教員はどのような見方をしているのだろうか。まず、エンジニアの向井淳さんはブログ記事のなかで「わかりやすく言えば、本書の主眼は著者によるうらみ言にあるように思える。ようは業界哀話である」、「『自分は将来は博士課程を出て大学教授を目指すんだ』と夢見ている人に冷や水を浴びせるという点では良書だが、それ以外には効能はあまりないように思う」と評した上で、二人の、それぞれ本書について否定的な捉え方と肯定的な捉え方をしているという教員のブログにリンクを貼っている。
否定的な捉え方をしているとして挙げられているのは三中信宏さんのブログである。三中さんは東京大学大学院農学系研究科博士課程修了、農林水産省管轄から独立行政法人に移行した農業環境技術研究所を経て、現在は「東京大学大学院 農学生命科学研究科 生物・環境工学専攻 エコロジカル・セイフティー学講座 生態系計測学研究室」の教授である。ブログを拝見したが、「確かにすぐに解決できるような問題ではない。だからといって、この本はそのまま鵜呑みにしてはいけない」という指摘しか私は見つけられなかった。
一方、本書について肯定的な捉え方をしているとして挙げられているのは天羽優子さんである。東京大学大学院医学系研究科博士課程修了、お茶の水女子大学からも理学博士号を授与され、現在は山形大学理学部物理生命化学科の准教授。先頃、大学教員同士のネットを舞台にした誹謗中傷問題に巻き込まれたことでも話題になっている。天羽さんの主張は、学歴難民問題の現状についても、またその背後にある原因についても、鋭く指摘しているので、以下に該当個所を引用する。

所属組織の利害には反することを承知の上で、私は、研究者になりたいという学生には、大学や独立行政法人の研究所に関する限り、当分の間はその見込みがほとんど無いことを正直に告げている。もしどうしても博士課程に行きたいならば止めはしないが、博士2年の春頃から修了見込みで就職活動して中途採用にならないようにフレッシュマンとして企業に就職すべきである。給料の上では、修士と同じ扱いの会社もあったりするが、それでもまともな生活をすることができるだろう。ポスドクは、その先がほとんど無いから、人生を棒に振る覚悟があるか、働かなくても食べていける収入源を確保している人でない限り薦めない。


なお、大学教員のうち、大学院重点化前に博士号を取得して就職した人の意見は、博士進学の是非に関することについては考慮するべきではない。その人達が進学した頃と今とでは状況が様変わりしている。昔なら、コネや力のある研究室に入れば、何とか就職先を世話してもらえたかもしれないが、今は人員削減で、人を紹介できる先もほとんどなくなっている。昔は博士課程進学の段階で選別がかかっていたから、ほとんどの人が数年のポスドクの後で常勤のポストを得ることができた(一部の分野でオーバードクターが問題になっていた、それにも関わらず重点化をやった人の正気を疑う)。

とにかく、現場の専任教員の人たちも、学歴難民の問題については十二分に意識せざるを得ない状況にあることはわかる(少なくとも、自分たちは既に「既得権」を持っているのだからと見て見ぬ振りはできない、ということ)。先の向井淳さんの「わかりやすく言えば、本書の主眼は著者によるうらみ言にあるように思える。ようは業界哀話である」という批判や、hokky (cafe noir) さんの「業績を出していない大学教員がいつまでも大学に居座っているから自分たちのポストがないという感じで、現在の大学教員に対する恨み節のような内容になっています」という批判に対しては、東京大学大学院総合文化研究科の特任講師である西山雄二さんの記事の一節、「水月は悲惨な博士たちの現状を取材し、報告しながらも、大学院生のたんなる恨み言を述べることはしない。大学院の諸制度が産み出す問題を客観的に分析しつつ、説得力ある論を展開している」が反論になるだろう。
その西山さんは、さらに水月さんの論議に加えて、水月さんが命名するところの「ノラ博士」について以下のようにもブログ記事で論じている。

水月が指摘していない論点を加えるならば、「ノラ博士」たちはさらに、奨学金という多額の借金を背負っていることが多い。(中略)博士号取得後、少なからぬ「ノラ博士」たちはただちに社会的な立場を失い、この現実を背負い込んだまま無職となるわけである。ほとんど自己破産にも似た、途方もないマイナス地点からの再出発である。


日本の国家政策の展望として考えると、大量の「ノラ博士」を放置する状況は好ましいものではない。博士1人を育成するために投入される国費は1億円から1億5000万円である。国民の血税が注ぎ込まれた博士号取得者が、社会の片隅でフリーターとして置き去りにされることは、社会の知的活力として大きなマイナスではないだろうか。ほとんど使用されない道路やダムが建設されることに対して公共事業批判が起こるように、大学院生の将来性に関しても、日本の社会設計という観点で活発な議論がなされるべきだろう。

「ノラ博士」の現状については、水月さんの著書と同時に、驚異的なアクセス数を誇る次のウェブサイトも参照していただきたい。有名な「もし世界が100人の村だったら」の秀逸なパロディでもある。

創作童話 博士(はくし)が100にんいるむら

ここで私自身の主張を述べてみる。
まず、大学院重点化の名の下、文部科学省の号令で大学院生を無造作に増やすのはただちに止めるべきである。もちろん、フィールドによって事情は異なってくるが、少なくとも本書でも示されているように、人文系の大学院生はいたずらに増やしてしまった感が否めない。「フリーター生産工場」の入り口を狭くしなければ、学歴難民は増殖を続けるばかりである。
さらには、量から質への転換を目指して、再び大学院から学部へとシフトを戻すべきである。本書で(そしてさらに本の帯で)例として挙げられているが、私学のみならず法人化された国立大学もあまりに人件費の抑え込みに躍起になっている。本書から該当個所をそのまま引用する。

 ある私立大学では、その大学で開講している全講座の専任教員による担当率は、わずか二四%だという。七五%の講義は、大学で正規に雇われている教員によってではなく、その大学に本来関係のない外部の人たちによってまかなわれているのだ。
 大学の教育的義務の側面を考えると、これはまずいのではなかろうか。(p111-12)

とりわけ私学では、非常勤講師の講義担当率がその大学の運営状況を表している、と私は考えている。そして非常勤講師への依存の高さの背景には、大学という世界における「世代間格差」があると私は考えている。つまり、「分野によっては博士論文を書かずとも、大学院の規定年数をクリアすればそのうち『天の声がかかる』、つまりコネによって就職を世話してもらうことができた、上の世代」と、「どれだけ業績を苦労して積み上げたところで、激しい競争率の、しかも場合によっては出来レースをたぶんに含んでいる公募を勝ち抜く以外に就職への道がない若い世代」との格差である。
私は、「上の世代」からただちに既得権を奪うべきだなどとは思わない。法政大学教授の川成洋さんがかつて、やはり日本の大学が抱える問題に鋭く切り込んだ著書『大学崩壊!』のなかで、およそ常識から懸け離れた大学教授たちについて「ただちに辞めていただきたい」と訴えたが、現実には専任教員は刑事罰を課されるか、さもなければ勤務する大学そのものが倒産するかしないかぎりは、定年まで勤めることになる。だが、いずれ年月が経てば、世代も交代していく。先に挙げた古谷浩さんの『大学教授は虚業家か―学園のいびつな素顔』をはじめ、問題行動を起こす教授たちを糾弾する書は枚挙に暇がないが、彼らはいずれ定年を迎えて大学の現場から去っていくのである。
それよりも、「研究のレベルを上げて国際的競争力をつけるため」という大義名分を掲げつつ結果的に「学歴難民」「ノラ博士」の増産に予算をかけるくらいならば、もっと学部の専任教員を増やすべきである。カリキュラムのコンテンツの充実をはかれば、それはそのまま大学の魅力として入学志望者を増やすことにもつながり、入学後の学生生活もより豊かになる。教員一人あたりの学生数の比率も下がり、学生に対するケアの向上にもつながる。そして、良くても非常勤職に甘んじている「学歴難民」や「ノラ博士」の雇用拡大にもつながる。
最後に、文部科学省が本気で、人選に関して公募を奨励するのであれば、もっと監視の目を鋭くして、大学の自治の名の下に公然とおこなわれる出来レースと、その背後に存在する学閥に対して、メスを入れるべきである。専任教員の候補生たちは依然として、「天から声がかかる勝ち組」と「公募で競うしかない負け組」に分けられている。以下に引用するのは、現役の大学教授だという gluhkriek さんのブログ記事である。

実を言えば自分も公募ページを参照して応募したことが何度かある。
結果からいえば、これで採用につながったことはない。
いくつかの大学をわたり歩いたが、多少なりとも「コネ」があって異動している。

公募ページを利用して、ある大学に応募し、不採用だったときには「?」という感じだった。
組織改変に伴う公募だというので、興味があったのだが、採用された人を知ってがっかりした。
それは、知名度はあるが学者としては「賞味期限が過ぎた人」と、学問的な業績は不明だがマスコミで売れ筋の研究者だった。
この人たちがわざわざここを選んで、自分の意思で応募したとは到底思えない。
最初からこの人事は決まっていたのだろうと疑った。
いまでも疑っている。

この記述の直後にはしっかりと、「ただ、自分が関わってきた大学の採用人事では、この公募ページをみて応募してきたと思われる人を不当に扱ったことは一度もない」とフォローを忘れていない。
「誰もが通り過ぎるようなトリビアを・・・ 特に,競馬,グラビア,ラーメン(ギャンブル欲,性欲,食欲)中心に動く凡人、いや宇宙人を目指す」を謳い文句に、Horse News Umanami と題された趣味関連中心のブログでは、「馬並主宰」さんが水月さんの著書に関連して以下のように記している(私だったら、パブリックなブログとプライベートなブログを分けているところだろうが)。

私も博士課程の人間。その境遇の一人。
実力はなかったが、公募ではなく、教授の知り合いからポストの空きの連絡があった。
コネが巡ってきた。ポスドクも経験せずに天の声が。運だけはあったようだ。
来年から小さな大学に赴任。名前を聞いても存在がよく分からないほどの大学。

「どうしようかと迷ったのですが、次に常勤のポストがまわってくるのはいつになるかわからなかったので、決めました。」

本文42ページの文章の言葉そのまま、自分の実体験になった。

進路が決まってたからこそ読めた本かもしれない。

「天の声」がかかって「運だけはあった」という「馬並主宰」さんは、早速次の心配をしている。

大学がこれから徐々に潰れていき、高学歴の大学教員が大量に路頭に迷うかも。つまりは大学教員難民が出る。

これこそ流行語「ネットカフェ難民」の大学教員版が将来起こりうる可能性も否定できない。

職を得られたとしても安閑としていられない。身につまされる問題だ。

しかし、実際には、異常に低い就職率に悩み苦しんでいるポスドク、オーバードクター、満期退学者、そして現役の大学院生が数多く存在している。Earlybird さんのブログには、以下のように記されている。

論文を発表するためには原則的に所属がなければならないので、
博士課程を終了した者は大学に学費を支払って
研究生として大学に籍を残しておかなければならない。
さもなければ、各大学院が独自に運営している学会に
籍を置いておかなければならない。私自身も年4千円の
会費を払って学習院大学ドイツ文学会に籍を置いている。
いつか論文を寄稿して、発表できることを望みながら。
大学の常勤の職を得ることができるのはオーバードクター
(博士課程修了者)の2分の一。

私自身のケースについては、機会が許せばいずれ別のエントリー記事で語りたいと思う。

私が今、一番にこの本を読んでほしいのは、文部科学省の官僚さんたちである。
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大学で何を得るか
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先日、外出中に二人の元学生さんに偶然会いました。受講年度はそれぞれ異なりますが、どちらも奇しくも同じ北星学園大学短期大学部の卒業生でした。
一人は社会人として働いていました。私の背中に、昔の友達を見かけたような感じで声をかけてくれて、クラスのことを懐かしそうに話してくれました。
もう一人は、進学の道を選んでいました。大学でもっと学びたいという意欲にかき立てられた、とのことです。
毎年、二百人前後の学生さんを相手にしているため、私のほうはほとんど学生さんの顔を覚えていません。ですから、街で私を見かけて声をかけてくれるだけでも嬉しいものです。

私が教える側として働く、その動機は何であるだろうかと、時々考えることがあります。
振り返ってみて、私は自分の大学生活がひとつの原点ではないだろうかと思います。

高校時代は楽しい日々でした。ただ一点、受験を除いて。
大学に入れば、好きなことを、好きなだけ勉強できる。そういう期待を胸に、私は入学しました。
いわゆる教養課程の時点で、私はたくさんの疑問を感じるようになりました。

「講義」。座席が階段状の大教室で席を奪い合い、学生で溢れるのはゴールデンウィークまで。学問の基礎を教わりに来ている私たちに聴かされるのは、細分化された専門的な研究の話。出席しても何の話かわからず、結局は昼寝の時間になってしまい、極端な例だと、一度も出席することなく期末のレポートを、それも提出を友達に頼んで、それで評価「A」をいただいたこともあります。一方で、出席率に厳しいのはいいとして、忌引すら認めてもらえない、それでいて概してその講義の要点がわからない、そんな場合もありました。
「演習」。当てられそうなところだけをみっちり予習して、的が当たればそれでよし。しかし、学生側の習熟度がまるで把握されていない。結局、身についたのかというと悩んでしまう。毎回の出席こそが習熟のためだと思うのだが、なぜか評価は期末試験で一括。学生側は出題範囲のなかから山勘で問題を想定して試験に臨む。結局、単位さえ取得できれば、あとは忘れていくだけ。
なにより、カリキュラムに統一性も整合性も感じられませんでした。

キャンパス内で私が一番長く居留まるのが、いつしか図書館になっていました。かなり充実した蔵書数だったので、満足でした。

元大学教員で、国会議員も経験した栗本慎一郎さんが、以前、インタビューで「日本の大学はレジャーランドか」と問われて「ノー」と答えたことがありました。曰く、「レジャーランドにすらなっていない」。
私は、充実した大学生活が送れるのであれば、そこがレジャーランドであっても、何であっても良い、と考えています。願わくば、「レジャーランド」というより、「テーマパーク」であってほしい。
知のテーマパークです。

今、学生さんを相手にするようになって、なるべく、と私が心がけていること。ひとつは、「学生さんと同じ目線」です。ひとつは、「学生さんの側の理解度と、そして学生さんが何を求めているのかを、常に把握する」ことです。そして、ひとクラス90分の授業で、必ず何かは得られるものがあってほしい、という願いです。
もちろん、初めから志が高かったわけでもありませんし、また、現状で理想的だとも思っていません。
最初は戸惑いでした。授業をこなすうちに、気がついたら、かつて自分が学生側だった時に経験したのと同じようなクラスになっていました。
少しずつでいい、変えていきたい。そう思うようになって、まず始めたのが、授業の進め方でした。英語の授業で、学生さんが当てられた箇所だけを訳す。そんな形式では味気ない気がしましたし、また身につくこともない、そう考えました。次に省みたのが、学生さんの側の習熟度・理解度の把握でした。毎年度、必ず初めにおこなう「オリエンテーリングテスト」はその目的のひとつです。
自分の特色や持ち味を生かし、それが学生さんの側にも還元されれば。そう思って始めたのが歌のリスニングです。振り返ってみれば、英語詞のポピュラー音楽は私にとって「好きな先生」でした。
北海学園大学でリーディング中心のクラスを受け持つ一方、札幌学院大学ではCALL教室で授業する機会が与えられました。最初は、こんな風に捉えていました。「ネイティヴスピーカーでない日本人教員にとって、英語四技能のうち、重点となるのはリーディングとリスニングである。どちらの大学にも素晴らしいネイティヴスピーカーの先生方のクラスがあるので、ライティングとスピーキングはそちらにお任せしよう。英語講読では、高校卒業までに習った英文法を基礎として、リーディングの力を高められる授業にしよう。CALL教室では、リスニングに重点をおいて、英語の音に慣れてもらおう」。
徐々に、それだけで終わらない気がしてきました。
自分自身の中学・高校時代、大学時代、そして塾での講師アルバイト、それらの経験を通して痛感したことは、日本では英語学習を四技能に分類して考えがちであるものの、本来的に四技能は根底が一緒ではないだろうか、ということです。
共通の課題として、短いながらも会話演習を採り入れてみることにしました。また、英語圏で広く親しまれているマザー・グースも、教材に使えることに気づきました。リーディング中心のクラスで「音」も重視するようになった一方、CALL教室のクラスでは第2学年でサイドリーダーを採り入れました。
四技能の区別と同様に、もうひとつ、英語学習においてよく議論されることがあります。「受験英語」を経験してきた学生さんたちに何を教えるか。従来、中心だったいわゆる「教養英語」か。それともESPを意識した「実用英語」か。コンテクストを読み解く練習か、それとも会話ができるだけの語学力の養成か。
これも違っているように最近は思っています。
プロフェッショナルな人材が求められるこんにち、実用英語は欠かせないものとなっている。ではそれが教養英語の否定になるのか。それも違う。言葉を操るということは、その人その人の知識と経験、ものの考え方が反映されるということ。いや、それではそもそも受験英語が無駄だったのか。それもまた違う。
アプローチとメソッドにいくつかの種類があるとしても、語学の授業で「言葉」を体得しようとしていることに変わりはない。

段々と、私は「何かを得ようとしている側」=学生さんたちの知的欲求を刺激し、また要求に応えられるようになるために、「発想」を大切にするようになりました。

北星学園大学で文学の授業を受け持つことになった時を思い出します。
語学の授業とはまた次元が違う。少なくとも、違っているべき。
「講義」なのか、それとも「演習」なのか。
文学史を紐解く講義もあるかもしれない。それでは、学生さんが作品に触れ、考え、解釈し、また感動を味わうことはあるのだろうか。
作品に実際に触れて、深く入り込み、精読する演習もあるかもしれない。それでは、視野が狭くなりはしないだろうか。
初めに、学生さんの側の、授業を初めて受けるまでの「文学体験」を問いかけてみました。様々なメディア、様々な娯楽があるこんにち、「文学」=「言葉による芸術」に触れる機会が意外と少ないことに気づきました。
そこで、まず初めに「実際に文学作品に触れてみる」ことを優先しました。ただし、それではどのように文学が歩んできて、またこれからどのように発展しようとしているのか、社会やその他の分野とはどう関わっているのか、限られた時間では疎かになってしまいます。
そこで、長編小説については、映像メディアに置き換えられるものは置き換え、手頃に入手できるものは実際に読んでもらうことにしました。一方で、詩については、単にテキストを眺めるだけでは「体得の感覚」がない。そこで、スペンサーやミルトンからアフリカ系アメリカ人詩人のラングストン・ヒューズまで、授業で紹介するすべての詩の音声素材を確保しました。これが実際探してみると意外と難しく、あるものは海外から取り寄せ、どうしても手に入らない場合はネイティヴスピーカーの先生方に朗読をお願いしました。
シェイクスピアの演劇は、大学では研究対象として見られがちかもしれない。そこで実際に一場面を演じてもらうことにしました。ウィリアム・ブレイクが書くような美しい韻律詩は、それがいかに心地よいリズムを持っているかを体得してもらうために、実際にクラスのみんなで声に出してみました。
文学を通して、英語圏の文化を学ぶ。もちろん、それもあるが、では、それだけが目的だろうか。文学作品は、文化を学ぶためのツールにしか過ぎないのだろうか。そんなはずはない、との信念のもと、文学を追って行き着く先も考えてみました。
大学時代に、その後の人生の糧として、教養として文学を学びたい。そういう学生さんがいる一方で、進学なども含めて、文学をもっと研究したい。そういう学生さんのニーズも考えました。
そして、通年の授業の最初と最後に、同じ質問をぶつけてみました。「あなたにとって、文学とは何か」。この問いかけに対して、もし答えが最初と最後で違ったものになれば、私の試行錯誤もそれなりに成果があるかもしれない。行き着くところはそこでした。

私の試みは、呆気なく拒絶されました。

現在進行形の学生さんたちに、考えてほしいことや、知っておいてほしいことがいくつかあります。
受験を経験してきたあとで、あなたたちには今、たくさんの素晴らしい選択肢があります。あなたが大学進学を志した動機は何ですか。そして実際に大学の世界に飛び込んでみて、いかがですか。あなたが得ようとしているものは、得られそうですか。もし今現在、得られるものがないとすれば、どうやったら得られるか、考えていますか。
大学には無限の可能性があるのだということを、いつも心に留めておいてください。時には、必ずしも求めているものが見つからないかもしれません。しかし、私が経験してきた大学生活よりも、今のみなさんはずっと恵まれた環境にあると、私は確信しています。
それから、大学の世界も、キャンパスの外と同様にひとつの社会です。いろんな人たちがいます。必ずしも、あなたと同じ考え方、価値観、意見を持った人たちとはかぎりません。
いろんな人たちと出会ってみてください。
図書館は利用していますか。探している情報を得るための方法は身についていますか。思慮を深めるためのきっかけにめぐりあえていますか。

インターネットの時代です。私には実際のオフィスがない替わりに、ここに仮想オフィスがあります。ここは二十四時間、オープンです。訊きたいこと、知っておきたいことで、私に答えられることだったら、気軽に問いかけてください。

最後に、今回のタイトルをもう一度見てください。
「大学で何が得られるか」、ではありません。
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アテネからは連日のように日本選手団の活躍ぶりが伝えられ、そして北海道にとっては歴史に残る夏になりました。駒大苫小牧が夏の甲子園で見事優勝し、深紅の旗が白河の関を一気に飛び越え、津軽海峡を渡ってやってきました。北国でもやればできる、ということを証明してくれた選手たちの努力を讃えたいと思います。
この夏、突然に母方の祖父が亡くなりました。初孫の私にとってはたくさんの思い出があり、北の街にいる私をいつも気遣ってくれていた祖父の突然の逝去に衝撃を受けました。通夜に間に合うようにと、私はすぐに航空機を予約し、向かいました。
祖父の家は本州の田舎にあります。千歳からは一日二便しか飛行機が飛ばず、空港から駅、さらに新幹線を乗り継いでの道のりでした。突然この世を去ってしまった祖父の記憶に思いを馳せながら、私は空港からJRの駅へ向かうバスの車窓から景色を眺めていました。
そこは一面に田畑が広がる長閑な地域です。私の祖父も農業を営み、代々の土地を守ってきました。日本という国にとっても懐かしく、私個人にとっても和む風景を眺めながら、私は子供の頃の記憶とは違うものに気づいていました。
空港からの道路沿いに、時折コンビニエンスストアが見られます。札幌のような都会に住み慣れてしまった私にとっては異質というよりむしろ日常的なものです。それだけでなく、北海道でも見られるような、郊外の広いスペースを駐車場に活用した量販店も見られます。札幌では当たり前のように見受けられるファーストフードの店も、ビデオレンタルの店も。札幌にいてごく日常的に見られるものが、その時の私には奇妙に映っていました。インターネットカフェまで見られたのには驚きました。極めつけは、JRの駅前でした。デパートの地階の一角に、スターバックスがありました。ほんの数年前、札幌にスターバックス第一号店ができて長い行列ができていたのが記憶に新しいというのに。
肯定的にみれば、日本の地域格差が縮まり、「均一化」が進んだといえるでしょう。民放テレビ局のネット化が進み、インターネットが普及したことで、情報の格差はほぼなくなりました。それに続くのは物流です。一昔前なら、田舎ではコンビニもめったに見られませんでしたが、今では二十四時間営業による消費活動がどこでも当たり前になりました。都会から地方へ帰省する際の情報や購買における不便がなくなりつつあるのです。
私たちは地域格差を縮めることで、より便利な生活を実現することができました。そんな私たちにとって、これからの課題は、各地域の特色、そして伝統を、いかに残して、受け継いでいくか、だと思うのです。
祖父が守り続けてきた大地、夏の光を受けてたわわに実る稲穂、防風林の緑、用水路を流れる清流、そんな一昔前まではごく当たり前だった風景が、とても愛おしく思えた夏でした。
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言葉とコトバと沈黙と
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先日、涼風機なるものを購入した際に、部品が欠落していることがわかって、メーカーに電話をかけました。部品と言ってもハイテク機器でもなんでもなく、排水口を塞いでおくためのパッキンです。そのことを伝えたところ、郵送で送らせていただきますとの答が返ってきました。
メーカーは関西にある会社でした。関西弁のアクセントを聞くのは久しぶりのことです。不思議な感覚が、ふたつ、ありました。ひとつは、関西弁のアクセントが、標準的なアクセントで事務的に話されるよりもずっと身近というか、「親近感があるように」感じられたこと。もうひとつは、電話の向こうから、部品を組み立てたり在庫を調べたりする工場の日常の空気が伝わってくるように感じられたことです。
部品は、速達で翌日に早速届けられました。
言葉のもつ不思議や魅力について語り始めたらキリがありませんし、私がここで長々とコトバを連ねて語るまでもなく、先人たちの感性豊かな言葉についてのエッセイや、先輩の研究者の深い洞察がありますから、ここでは最近考えたことや感じたことだけに絞って話そうと思います。
言葉には、直接意味するメッセージのほかに、含蓄や「裏」があります。これは日本語も英語も同じだと思います。必ずしも、言葉が表面的な意味だけしか持たないということはないのです。
むしろ丁寧な表現のなかに凶暴さが潜んでいたり、逆に厳しい口調のなかにやさしさが隠れている場合もあります。
また、言葉がない状態、「沈黙」も、ときとして言葉以上に何かを物語る時もあります。
いやいや、「沈黙」が時として言葉よりも攻撃的でありうる場合すらあるのです。「黙殺」というコトバがあるように。
そして、言葉は人間の口から話される音声だけで構成されるものでもありません。仕草、表情、態度のなかにもコトバはあります。人間だけでなく猫などの動物の鳴き声にもコトバはあります。
時として饒舌になりたくなる場合もあるし、時には黙っておいたほうがいいこともある。いずれも、言葉をいかに操るかという難しさを表していると思います。

前期についてのアンケートをアップして、早速回答をいただいています。どれも貴重な意見ですし、また個別に回答したいこと、いずれまとめて見解を示したいことなどもあります。今回は気になった「声」のいくつかをここで取り上げます。
まず、なぜか同じクラスから複数寄せられた声ですが、リスニングの歌で「日本語の歌もかけてほしい」もしくは「日本人でも英語で歌っている例がある」といった類の意見について。日本語の歌は論外です、それではもはや英語の授業ではありません。日本人で英語で歌っている例をまったく知らないわけではありません。ただ、発音がよろしくないか、または歌の内容に「濃さ」がない(歌の詞イコール言葉は考えや思いの表象であり、言葉は文化と背中合わせ、表裏一体のものです)例しか知らないので、見合わせています。今年はリストから外してしまいましたが、昨年まで第2学年のクラスで、イギリスの Ouch というバンドの "It Could Have Been Me" という曲をかけていました。これは日本のバンド、スピッツの「ロビンソン」が原曲です。
次に、こんな声。第2学年のクラスからです。「サイトリーダー廃止または和書にするかどうかの賛否を取ってください。読むなら日本語で書かれた本で理解を深めたいです」。私の方針から言わせていただければ、答はノーです。現在、私が札幌学院大学で担当している第2学年のクラスはいずれもCALL教室の授業で、リスニング練習がメインとなっています。読解力を身につけてほしいとの考えから、サイドリーダーを採用しています。専門分野について勉強する時、それが和書であってもまったくかまわないのですが、私が担当するクラスにおいては「英語」のクラスですから読むのは英語で書かれたものになります。
こんな声もありました。「なんで講師なんですか?どこかに所属するお気持ちはないのですか?」。この質問は、言ってみれば、日々働いているサラリーマンの人に「なぜ早く社長にならないの?」と尋ねているようなものだと思います。私は研究者としては修行の身です、とだけ、答えておきましょう。

随分とコトバを連ねてしまいました。ここらで「沈黙」に戻るとしましょう。
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タマちゃんがもたらしたもの
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今年5月に、札幌では「赤い太陽」が観測されました。
まだ夕刻でもないのに、霞がかかった空で鈍く赤みを帯びた太陽が、道行く人々の目を驚かせていました。
私が故郷の街に住んでいた高校時代の夏にも、同じように真昼から赤い太陽が観測されたことがあります。その時の原因は、空の水蒸気であると報じられていました。
しかし今回、札幌で観測された「赤い太陽」の原因は、のちの調査でシベリアの森林火災であることが証明されたそうです。火災で発生した煤煙の微粒子が大気圏上空の風に流されて北日本上空を覆い、太陽の光を赤色に変えたというのです。
このような大気の変化による現象で思い出されることがあります。月食は、月が地球の影に覆われて、一晩のうちに欠けていく天文現象ですが、月が全部地球の影にすっぽり覆われる皆既月食になると、赤く鈍く光る、ちょっと不気味ながら神秘的でもある月の姿が見られます。これは、地球に大気があって、太陽の光が地球の大気を透かして通って月に降り注ぐために見られる偏光現象なのだそうです。
ところが、年に一、二回程度の割合で観測される月食で、皆既状態になっても赤い月が現れず、真っ暗なままになることが1980年代にありました。私も当時は皆既月食が日本で観測できる夜はよく徹夜して観ていたのですが、しばらく赤い月にお目にかかることができませんでした。
皆既月食の際の赤い月が見られなくなった原因も、実は地球にありました。1980年代の初めにハワイの活火山が噴火して、大量の微粒子が大気に放出されました。それは数ヶ月かかって地球全体の上空に広がったそうです。この、火山噴火による煤煙が、皆既月食の時の月の光を遮ったために、赤い月が見られなくなったそうです。
私たちの惑星の大気は、ベールのように地球を隈無く覆っています。私たちが日々眺める空は、世界のどこまでもつながっていて、どこかで途切れるということがありません。宇宙から見れば、地球の大気は一続きのものです。
同様に、地球の表面では多様な気候と文化が見られますが、私たちは等しく、宇宙からの影響を受けています。歴史を紐解くと、平年より冬の寒さが厳しい時代があったそうですが、原因は太陽表面の黒点が増加して太陽光がわずかに弱まったためであることが科学的研究で判っています。今から数年前には肉眼でもはっきり確認できる百武彗星とヘール・ボップ彗星が相次いで現れましたが、彗星は不吉な兆しとして古代から恐れられてきました。昔、ノルマン(今のフランス)がイングランドに攻め込んだ際に、イングランド軍が撤退したのも、ハレー彗星が現れたためだと言われています。そのハレー彗星ですが、前々回の接近の時(1910年、大正元年)には、地球がすっぽり彗星の尾のなかに突入するため、地球の大気が彗星の微粒子によって飛ばされてしまうのではないか、と当時の人々がパニックに陥ったそうです(実際には、彗星の尾の密度は地球大気の一兆分の一程度なので、何の影響もありませんでしたが)。
今年のひと夏を通して、札幌の薄汚れた南の空でも赤く眩く輝いていた火星。軌道計算上は6万年ぶりの大接近になったこの惑星を、高村光太郎の「火星が出ている」という詩の一節を思い出しながら、毎晩楽しみに眺めていました。今でも観測できますが、再接近の八月を過ぎてから、徐々に火星は西のほうへ移動して、明るさも弱くなってきています。地球が火星の内側の軌道を回っているため、火星を「追い越して」いる証拠です。この火星もまた、古代からその赤い色ゆえに不気味とされ、歴史に影響を与えてきました。地球より引力が小さいため、今では非常に大気が薄くなったこの赤い不毛の極寒の惑星でも、遙か数十億年前には地球と同様に川が流れ、海が存在したことが天文研究で明らかにされています。火星では、生命を育めるだけの環境が、残念ながら消滅してしまったのです。
私たちヒトは、地球の環境と密接に結び付いています。そして、地球の環境は、この世にひとつしかないものです。
太陽活動が活発になると美しいオーロラが観測される極地南極大陸で、先日皆既日食が観測され、生中継で放送されました。白い大地に映える黒い太陽は、神秘そのものでした。中継の際、テレビでは、南極の汚れていない澄んだ空が観測に最適だと解説されていました。
しかしその南極もまた、地球環境の一部です。ヒトの営みによって大気に放出されるフロンガスは、南極上空のオゾン層を確実に破壊し、今年はついに南極大陸全体がオゾンホールに覆われてしまったことが判りました。オゾン層がなければ、太陽からの紫外線が大量に地表に降り注ぎ、皮膚癌などの病気を引き起こします。また、ヒトの営みによって発生する二酸化炭素は、年々破壊されていく森林の光合成では既に処理が追いつかず、地球温暖化を引き起こしています。これによって毎年、南極の氷が確実に融けていて、南洋のツバル共和国は島国全体が水没の危機にさらされ、遂に消費大国アメリカを国際司法の場で提訴するという事態になりました。
地球の平均気温があと5度上昇すると、南極の氷がすべて融けて、地球の陸地のほとんどが水没してしまうそうです。
しかし地球温暖化も、単に気温が上昇するというものではありません。それは異常気象を引き起こし、地球のある場所では記録的な猛暑と干魃が、他の場所では記録的な洪水や寒波が毎年のように見られます。
私たちは、広大な宇宙空間から見ればちっぽけな惑星の表面で蠢くだけのちっぽけな存在であり、地球の裏側にいる人々ですら、私たちの「隣人」にかわりはないのです。
今道友信さんは、人類の問題を「同じ生息圏に住む隣人同士の問題」ととらえて、「生圏倫理学」という概念を唱えています。たとえば、「一つの例として電話を使えば、パリの人びとのほうが、大声でやっと声の及ぶ東京近辺の自分の住んでいる区域内の人びとよりも隣人的になっているということもあるので、夜中にパリに脅迫電話をかけることもできるわけです」(今道友信『エコエティカ』講談社学術文庫 p38)。今道さんがこの文を書かれたのは1990年、まだワールド・ワイド・ウェブが誕生する前のことです。今現在の私たちは、どこでも携帯端末を持ち歩いて世界の誰とでもコンタクトが取れるばかりか、ひとたびメールアドレスを持つと大量のスパムメールが送られてきて、インターネット上で個人情報が晒されたり匿名で誹謗中傷されたり、各国の法的規制の垣根を越えてあらゆる情報が世界のどこでも送受信できる、というSFのような現実のなかにいます。
ちっぽけな惑星が、ますます小さくなってきているのです。
亜熱帯にしか生息しないはずの毒グモが日本の港の倉庫で大量発生したり、外来のブラックバスが日本の湖で大繁殖して先住の魚を呑み込んだり、海の彼方で飼育された畜牛の肉が病気に冒されたと報道されて身近な食卓を脅かしたり、ある場所で発生した病気が航空機の発達によって世界同時的に流行したりする時代です。北方圏では珍しくもないアゴヒゲアザラシが都会を流れる河川に突如出現することも、そんなグローバル化時代の象徴のひとつなのかもしれません。
澱んだ水質の川面にひょっこり現れた愛らしい珍客をめぐって、毎日手を振る人々もいます。商魂たくましく便乗商品を売り出す人々もいます。住民票を与える人々もいれば、動物に住民票が認められるのにヒトである外国人が認められないのはおかしいと主張する人々もいます。見守る人々もいれば、「想う」と称して捕獲しようとする謎の集団も現れます。そして、日本全国が一頭のアザラシの一挙手一投足に注目するかと思えば、一年も経つとほとんどニュースで見かけなくなってしまうほど日常に埋もれてしまいます。
あらゆることが、国境を越え、日常化する現代です。
一年の締め括りとしては相応しくないかもしれませんが、最後にこの話をしましょう。冷戦時代、アメリカと旧ソ連をはじめとする国々が何度も核実験を繰り返しました。砂漠や大洋など、誰もいない場所でおこったはずの核爆発によって、放射能が大気中に広がり、それは長い年月をかけて地球全体に広がっていきます。私たちヒトは、みな等しく、水爆や原発事故の犠牲である「被曝者」です。

隣人を尊重し合える世の中になるのを願って、今年最後の筆を置きます。
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欲望のアメリカ
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攻撃初日で早くも、懸念されていたイラクの民間人の犠牲が報告されています。

初めに断っておくが、私は、いかなる形態、いかなる規模にかかわらず、すべての戦争に反対である。この世に「聖戦」などというものは存在しないと考えている。
攻撃を支持する人々は「正義」を口にする。「正義」がどうのと論じる人をたまに見かけるが、私には胡散臭いとしか感じられない。
「正義」がない、と言いたいのではない。安易に口にできるものでは決してない、ということである。
「危険な独裁者が大量の殺人兵器を所有しているから」と言う人がいる。それでは問い返したい。命中精度の高い巡航ミサイルをはじめ、劣化ウラン弾という名の核兵器、核爆弾に準じる大量破壊兵器、さらには冷戦後もなお大量の核弾頭を所有し、地球のどこででも軍事オペレーションを自在に展開できる国家を危険とは言わないのか、と。

戦争は人間の本能である、と言って諦め顔をする人がいる。言っておくが戦争は人間の本能ではない。
人間をはじめとする地球上の生物が他者に対して暴力をふるうのは、捕食のためと、なわばりを守るためである。自身はまったく手を汚さない指導者の命令で大量の犠牲者がでる行為は本能から生じるものではない。

ある国ではよく平和呆けという言葉を聞く。確かにそのとおりだが、このような時にはよりいっそう、アメリカの傘の下での平和が「まがいもの」に感じられてならない。改革断行と息巻いていた人も、単なる「同盟国の首相」にならざるを得なくなってしまった。平和憲法を持つ国が、武力行使の支持を表明する。私たちは「まがいもの」の平和のなかで暮らしている。

国連の存在を冒涜する行為であるのは確かだが、安全保障理事国のなかには今回のアメリカの決断を公然と非難する国がある。その国の大統領は数年前、核実験をおこなって世界から非難を浴びた。一見すると平和路線に転換したかのようだが、それは違う。攻撃非難表明の裏側にはしっかりと、石油をめぐる利権問題が絡んでいる。

「なぜ戦争はなくならないのだろうか」とあれこれ分析を楽しむ人がいる。
そんな簡単な問題の答えも知らないのか、といつも呆れる。

世界中の人々が平和を望んでいるのに、21世紀になっても地球上から戦争はなくならない。なぜか。答はいたってシンプルである。

武器があるからだ。

人殺しの道具を作って、金儲けをしている連中がこの世界には存在するのである。

戦争の原因を政治や文化や宗教から分析しようとする試みが続けられているが、私に言わせれば一切無駄である。
戦争はすべて、欲望から起こる。経済的欲望である。
ためしにアメリカ大統領親子の腹をさぐってみるといい。「正義」や「国際的秩序」といった飾りの言葉の奥底には、中東の原油と市場に対する欲望が渦巻いているではないか。

米英のイラク攻撃は、大量破壊兵器の破棄という目的を独裁政権打倒にすり替えておこなわれている。本当にそれが目的ならば、査察は引き続き国連に任せて、あとは戦場を移し替えてやってほしい。そう、ラスベガスあたりがいい。観客にはどちらが勝つか賭けてもらい、リングの上で、ブッシュ親子とフセインファミリーが好きなだけ素手で殴り合いをすればいいのだ。

アメリカのディクシー・チックスというバンドのメンバーがコンサートで戦争反対を表明したために、愛国者たちが怒り、CDの不買運動やラジオでのオンエア拒否が起こっているそうです。ひとたび戦争モードになると、途端に国民の半数以上が愛国者になり大統領への忠誠を誓うのだから、アメリカという国は本当に不思議な「民主国家」です。
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悲劇はなぜ繰り返されたのか
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1986年のチャレンジャー号の爆発事故は、スペースシャトルの安全神話を打ち砕き、将来は理系に進んで宇宙関連の仕事に携わるという幼かった私の夢を打ち砕きました。
2年以上経て、ミッションが再開された時、打ち上げの中継を生で見ましたが、軌道まで何事もなく到達するようにとハラハラさせられました。その後、当時TBSの秋山さんが日本人として初めて旧ソ連のソユーズで宇宙に向かった時も、初の日本人宇宙飛行士として毛利さんがスペースシャトルに乗り込んだ時も、発射後の「恐怖」が見ていた私を襲いました。
NASAはチャレンジャー号の爆発原因を徹底的に究明し、スペースシャトル打ち上げ時の危険を大幅に減らすことに成功しました。これは、犠牲になった七人の飛行士の魂を無駄にせず、宇宙開発をより身近なものにできたという意味で評価されるべきものでした。
今回、大気圏再突入時に空中分解事故を起こしたコロンビア号は、NASAが所有するスペースシャトルのうち実際に宇宙を飛行した第一号機でした。
思い起こせば、当時、スペースシャトルの「一挙手一投足」に世界が注目しました。打ち上げ時の生中継はもちろん、帰還時の様子も世界中が固唾を呑んで見守りました。
今回の事故原因について、打ち上げ時に液体燃料タンクの断熱タイルが剥がれ落ちてシャトルの左翼に当たり、耐熱タイルが破損したとの見方が強まっています。もちろん、真相究明にはこれからまた長い期間を要するでしょうが、安全対策が万全でなかったことが事故を引き起こしたという事実に変わりはないでしょう。
NASAの予算と人員の削減、機体の老朽化、それに鞭打つように国際宇宙ステーション建設のための過密スケジュールなど、事故の背景がいろいろ指摘されています。しかし私は、最大の原因は宇宙を飛ぶことが「当たり前になってしまったこと」ではないか、と思うのです。
スペースシャトル計画がスタートした当初、世界中が見守っていたように、有人宇宙船を打ち上げるというミッションがどれだけ重要でリスクを伴うものか、という認識が、シャトル飛行が日常化するにつれて薄れていったのではないでしょうか。今回について言えば、打ち上げ時に耐熱タイルの破損が確認されたのだから、たとえば帰還前に国際宇宙ステーションとドッキングして破損個所を修繕するというようなバックアップ体制も考えられたはずです。それが「余裕がないから不可能だった」では言い訳にならないと思います。人命に関わることなのですから。
チャレンジャー号の時とまったく同様に、七人の勇敢な魂が犠牲になったにもかかわらず、今回のコロンビア号の事故は前回ほど重く受けとめられていないような気がするのは私だけでしょうか。確かに世間の目はイラクや北朝鮮に注がれています。しかし、ヒトという生命体にとって宇宙へ乗り出していくこと、そのことの勇敢さ、それがどれだけ大切なことか、世界はあらためて認識する必要があると思います。
私がフロリダのケープカナベラルを訪れた時は、ちょうど、チャレンジャー号の後継機エンデバー号が宇宙へ乗り出そうとしていた時でした。発射台を眺めて、とても感動したのを今でも覚えています。
七人の勇敢な魂のご冥福を心からお祈りします。

近々、サイトを大幅に更新する予定です。
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